「嫌い」を使わない生活、8年目

第一子である娘が生まれたとき、夫が「嫌いって言葉を教えないで育てたいな」と言った。

夫は妊娠がわかったときに、「親殺しにならなければそれでいい」と言った人だ。
もちろん育児書や育児サイトを読むタイプではないので、この案は本人の思いつき。
自分が殺されなければ人殺しになってもいいのかよ……
というツッコミはさておき、それくらい志が低い(笑)人が言うのだから本気なのだろう。

わたしは正直、言葉狩りに意味はないと思ったが従ってみる(従ってあげる)ことにした。
食べ物や動物に対して、「嫌い」ではなく「いまは苦手」や「ちょっと怖い」に言い換えた。
「嫌いって言ったらかわいそうやし、そのうち好きになるかもしれへんしね」と、そんな感じで2人を育てた。

友達「このおかし嫌い!」
息子「嫌いって言うのは失礼だよー!」
友達「はぁ~?」⇒ケンカ

とか、

娘「学校で好きな科目と嫌いな科目聞かれたから全部好きにしといた。苦手はあるけど嫌いじゃないから!」
後日、個人懇談にて先生より「全科目好きという答えで、非常に意欲的なお子さんです」

とか、そんなちょっとしたエピソードもありつつ、いまで8年目。
親であるわたしたち自身に、期待していなかった大きな変化があった。

それは、嫌いなものについて考えなくなったということ。

嫌いという言葉を使わないということは、嫌いなものについての話題が最小限になるということ。
例えば「この芸能人嫌い」みたいなことを、わざわざ言わなくなるのだ。
さらに、「まずい!」「キモイ!」「うっとうしい!」といった明確な否定の言葉もなんとなく避けるようになってくる。

それが習慣づくにつれ、嫌いなものや不快なものについて考えること自体が激減した。
嫌いなものを聞かれても、いまやゆでたまごくらいしか思いつかない(※)。
家族の会話にも自分の心にも「嫌い」が少ないのは、かなり穏やかな生活だ。

半信半疑ながらも、夫の言うことを聞いてよかった。

※追記:そういえば鳩も蛾も蝶も岡山名物「むらすゞめ」の見た目も怖いので嫌いだが、書いているときは忘れていた。つまりそんな感じになってくる。

余談:

ちなみに育児メソッド的なものを実践している友達によると、「嫌いを苦手と言い換える」はわりと有名な方法なのだそう。
が、モテないと悩んでいる30代の男友達によると「”嫌いじゃないけど苦手”って言われたらツラすぎる」とのことなので、女の子を育てるうえで万能ではない面もある。