眉間で撮っている写真が減っている寂しさ。

文章や写真など、懐かしき自分が
可視化されてるもの全般的にそうですが、

過去を見ると、
黒マジックで抹消したくなる現象

が、少なからず起こってしまうものです。
あるよね???笑

 

たまに過去のメモリーカードを見ると
あっちゃ〜( ;´Д`)
と思うものはたくさんあるのですが、
実は、それ以外にも悲しくなる要因があるんですよね。

 

それはですね….

眉間で撮っている写真が、今の方が減っていること

なんです。

 

あっ、飛んでましてすみません。汗


(2014年撮影 Nikon D5100)

 

眉間で撮るっていうのはわたしの中で、
「第三の眼で撮る」意味なんですが

要は

”ウケる構図ではなく、自分の中の超感覚で撮る”

って感じですかね。

 

カメラの使い方がわからないならわからないなりに、
瞬発性を大切にして撮ってた気がします。

 

「あっ!!」
「きゃあ!」
「ふおぉぉぉぉ….」

 

って。
(意味不明すぎる…w)

 

カメラ持った頃に比べると
一気にインスタブームなんてやってきちゃったものだから
ブログは書いてないにしても、
ほんの少しだけ見てもらうことを
意識してしまっている。

 

今の方が、感性が磨かれたかな
なんておこがましくも思ったりするけれど
それも一瞬で崩れ去り、
ただ傲慢になっただけだな、と穴に引っ込む。

 

カメラの使い方も、レンズのことも
ちっともわかっていなかったあの頃
それでも、透過されているものがあった気がします。

 

その時代に戻れないのは、なんだか寂しくもある。

 

でも、こうやってくるくると
螺旋階段状に変わっていきながら
歳を重ねていくのだね。

 

 


(2018年撮影 FUJIFILM X-T20)

 

それでは、ごきげんよう。
来世は伊勢神宮の鶏になりたい、みんこ(@piyosama111)でした。